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ソウル&ファンク大辞典

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Stax Records

サザンソウルの首都メンフィスの中核的レーベル

スタックスレコード Sister's Got A Boyfriend,
Rufus Thomas, 1966
アメリカの音楽史のターニングポイントに必ず出てくる街メンフィス。スタックス・レコードは、そのメンフィスで生まれたサザンソウルの中心を担うレーベルであった。

スタックスの歴史は、1959年に当時銀行員であったJim Stewart(ジム・スチュワート)が作ったSatellite(サテライト)レーベルに始まる。その後、サテライトのレコードショップのオーナーであった妹のEstelle Axton(エステル・アクストン)との共同経営へと移り、レーベル名も2人の最初の(STewartとAXton)2文字を取りSTAXとし、1961年に本格的なスタートを切った。

スタックス初期の大スターは、何といってもOtis Redding(オーティス・レディング)だ。しかし厳密に言うとオーティスはスタックスのアーティストではない。当時のラジオ局では同じレーベルから何曲もかけることを避けたため、スタックスが姉妹レーベルとして用意したVoltから発売された。こうしたことは他のレコード会社でもよくあった。

このレーベルは徐々にアメリカのブラック・ミュージックの中で重要な位置を占めるようになるのだが、こうした成功は、当時としては珍しく(特にメンフィスのような南部では)、経営陣、アーティスト、スタジオミュージシャンが、白人とアフロ・アメリカンの混成チームにより支えられていた。

スタックスのハウスバンドであったBooker T and The M.G.'s (Memphis Group)やMar-keys(マーキーズ)は、スタックスのみならず、その配給会社であるATLANTIC(アトランティック)の所属アーティストであるWilson Pickett(ウィルソン・ピケット)やDon Covey(ドン・コヴェイ)のレコーディングにも参加し、“In The Midnight Hour”等の大ヒットを生んだ。

Johnnie Taylor Who's Making Love,
Johnnie Taylor, 1968
1967年にアトランティクが買収されたことを受け、スタックスは独立レーベルとして新たなスタートを切ることになった。60年代に発売した宝のようなサザンソウルの権利はすべて買収先に奪われ、まさにゼロからの再スタートだった。

その危機を救った最初ヒットがJohnnie Taylor(ジョニー・テイラー)の“Who’s Making Love(1968年)”だ。それに続いたのがプロデューサー兼作曲家だったIsaac Hayes(アイザック・ヘイズ)の“Hot Buttered Soul”。その後もヘイズは、ブラックスプロイテーションの名作“Shaft”のサントラを手がけるなど、新生スタックスの看板スターとなった。

70年代中期までスタックスはサザンソウルを代表するレーベルとして数多くの作品を発表したが、経営の不備等により1975年に破産申請をし、黄金の歴史の幕を閉じた。(現在もレーベルは一応存続中)





Isaac Hayes - Shaft
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