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2018年は映画『ブラックパンサー』の大ヒットや、ジャネール・モネイ『ダーティ・コンピュータ』等、久しぶりにメジャーな世界で「アフロフューチャリズム」をたくさん見かけた一年だった。アフリカの血を引くものが、未来世界で伝統文化を大切にしながら、SFのような最新テクノロジーと独自哲学を操る芸術的概念、大雑把に説明すればそんなところだが、そもそもなぜ「アフリカの血」にこだわったSF的思想がこれほど長く語られるようになったのだろうか?
「アフロフューチャリズム」誕生に大きく関与した一人といわれているのが、孤高の電波系音楽家サン・ラーだ。彼は専門がジャズだったため、常にアフリカ的なものに触れる機会が多かった。また、彼は強烈な体験を大学生の時にしていた。宇宙人との遭遇だ。鮮烈な光に包まれた後、土星に拉致されている(本人談)。まだ宇宙人やUFOの概念も確立していない1930年代のことだ。目の前には、耳にアンテナがついた宇宙人が立っていた。「ダイガクデ、タイヘンナコトガオコル。イマスグ、ガッコウヲヤメナサイ。オマエハ、オンガクヲツウジテ、セカイニカタリカケルノダ」と宇宙人に説得されたという。大学を辞めろとは、宇宙人にしては、やけに細かい要求だが、とにかく彼は大学を中退し、音楽に力を入れ始める。ちなみにこの頃から彼は土星人であると主張し始め、エジプトの原始宗教や数秘術、ブラック・ナショナリズムと融合させながら、宇宙人の命令通り、一生を通じアフロフューチャリズムという「方程式」(サン・ラーはこの言葉を意図的に使っている)を人類に伝える活動を行う。
サン・ラーの教えは、その後ジョージ・クリントン等の音楽家を中心に広く伝わり、文学や映画の世界でも引用されるようになった。
アフロフューチャリズムを理解する上で重要になってくるのが「アフリカン・ディアスポラ」と「ブラック・ナショナリズム」という言葉だ。“diaspora”とは、様々な苦難を強いられて、ユダヤ人が世界中に離散せざるを得なくなった状況を指す単語だが、アフリカ系米国人は、それを自分たちの母なる大地アフリカと重ねて考えるようになった。実際、世界にはアフリカから追われて強制的に外国で暮らさざるを得なくなった人たちが1億4千万人以上も存在する。これはユダヤ人で同様の経験をした人の数よりも多い。欧米のブラック・コミュニティには、アフロフューチャリズム以前から、遠く離れた場所に郷愁を覚える感覚が実体験として備わっていたのだ。ジャズやブルースもこうした感覚を表現するために、生まれた音楽だろう。
この郷愁感とサン・ラーの空想話だけなら、これほど息の長いムーヴメントにはならなかった。彼の方程式には「ブラック・ナショナリズム」という乗算が含まれていたため、アフリカ系米国人を中心にアフロフューチャリズムは永遠の命を持つことになった。特に火がついた1960~70年代は、ジェームス・ブラウン等のブラックパワー真っ盛りの時代だ。アフロフューチャリズムは、マルコムXもいた「ネーション・オブ・イスラム」の思想や、アース・ウインド&ファイヤーのジャケットイラスト等と化学反応しながら、ポップさと哲学的深淵さを同時に備えるようになった。
ところで、日本にはなぜアフロフューチャリズム的思想が伝わらなかったのか? その答えは簡単だ。そもそも日本は、歴史的に見て大規模な“diaspora”を経験していない。また『鉄腕アトム』や『宇宙戦艦ヤマト』『AKIRA』のように、日本製のメジャーなSFを見ても、昔から主人公は常に日本人だった。日本人ばかり登場するエンターテイメントが山のように存在しているのに、自身のアイデンティティを外に求める必要は全くない。また、主義・主張について議論する文化も現在の日本にはほとんどない。
しかし、アフリカ系米国人には虐げられてきた歴史があった。彼らが米国内のエンターテイメントでヒーローになることはほとんどなかった。そこに登場したのがアフロフューチャリズムなのだ。このファンタジーの主人公は黒人でなければ務まらない。また「宇宙」と「アフリカ」が舞台のファンタジーなら、テーマが革命であろうとも、米国内で問題になることもない。最近の傾向で言えば#BlackLivesMatterや#MeTooがブラック・ナショナリズムと反応しあい、アフロフューチャリズムが再び注目されるきっかけになったのだろう。
つまりアフロフューチャリズムが注目されるということは、アフリカ系の人たちが国内に不満を感じている間接的証拠でもある。特に米国ではドナルド・トランプの登場のように時代に逆行する動きもみられる。トランプ政権に、米国を構成する重要な要素である「アフロ」や「ブラック」的なものに対する敬意は全く見られない。このまま政治家が身勝手な言動を続け、アフロフューチャリストを無視していたら、サン・ラーの考えに呼応した土星人が大挙して地球に来襲するかもしれない。
2018年12月13日