米国のラジオ局NPRのウェブに、政治と音楽についての興味深い記事が掲載されていた。温厚なある有名ミュージシャンが、自分の身に降りかかった事件をきっかけに、社会に怒りをぶつけることの重要性を実感させられたというのだ。以下はその抜粋だ。
~~~~少年は仲間からギターの天才だと賞賛されていた。だが褒め称えられても日常的な人種差別は避けられなかった。彼が住むテキサス州では、2016年の大統領選挙でもトランプが勝利し、数十年前から共和党が勝ち続けている。少年の家の外には差別的な落書きがペイントされ、郵便箱にはゴミを投げ入れられ、黒人差別の象徴とされる南北戦争時の南部連合旗を顔に押し付けられたこともあった。
それでも大人になるまで、怒りを直接社会にぶちまけることはしなかった。しかし、昨年起きたある出来事が彼の作品に対する姿勢を変えた。
ある日、隣人が家にやって来て、唐突にこう尋ねたという。
「ここの家主は誰ですか?」
少年は大人になり、グラミー賞を獲得するほどのミュージシャンになっていた。彼の名は、ゲイリー・クラーク・ジュニア。大金を手にし、地元オースティンに6千坪以上の豪邸を構えることもできた。
クラークは「私です」と隣人に答えた。
すると隣人は「そんなわけがない! あんたがここに住めるはずがない」と言い出し、クラークが何度説明しても、家のオーナーは別にいるはずだと主張して聞かなかった。
すぐそばで全てのやりとりを見ていた3歳の息子はクラークに聞いた。「パパ、どうしてあの人はあんなに怒っていたの?」。
ゲイリー・クラーク・ジュニアの最新曲“This Land”には、怒りが満ちている。いつもはスタジオでじっくりと作曲に取り組むが、この時ばかりは、フリースタイルのように自然にフロウが溢れたという。
完成した曲を聴いた共同プロデューサーの反応は否定的だった。「怒りに満ち過ぎている。こんなのは聞きたくない!」。
しかし、クラークは自らの我を通し、正直な気持ちを曲にしてリリースする決断を下した。
「残念ながら、これがこの国で黒人として生きるものの現実なんだ」。
アフリカ系米国人への連続射殺事件、アメリカン・フットボール選手コリン・キャパニックに対する不当な待遇、横暴な警官の暴力等、蓄積されてきた人種差別に対する怒りが、ついに自らの身に降りかかり、曲として結実した。
「これまでこんな怒りに満ちた曲をやったことはなかった」とクラークは語る。しかし、前進するためには、現実に目を背けることはできなかった。
「もう後戻りをするつもりはない」と彼はいう。“This Land”には以下のような歌詞がある。
“I’m America’s son. This is where I come from.(俺はアメリカで生まれた。ここが俺の故郷なんだ)”
現在ニューアルバムのプロモーション・ツアー中のゲイリー・クラーク・ジュニア。しばらくすれば旅も終わる。そうすれば、隣人が何と言おうと、彼は胸を張って家族が待つ6千坪の故郷に帰るつもりだ。