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ジェイ・Zやカニエ・ウェストを始めブラック・ミュージック界の成功者は皆、大富豪でもある。チャンス・ザ・ラッパーのように慈善事業に積極的なアーティストも多い。しかし、ワシントン・ポストの記事によると、ハウエル・ベグルという男が現れるまでは、それは夢のような話だった。かつては、何曲も大ヒットさせたスターでも、十分な収入を得ることができず、場合によってはレコード会社に借金まで課されていたこともあったのだ。
昔の音楽業界では不正な契約が横行していた。契約内容はいい加減で、大きな利益を上げても、そのほとんどはレコード会社のものになっていた。アーティスト側の取り分は、信じられないほど少なく、その被害者の多くは、アフリカ系米国人のアーティストだった。
弁護士のハウエル・ベグルがその状況を知ったのは、1983年、R&B界の大スター、ルース・ブラウンに出会ったことがきっかけだった。ルース・ブラウンは1950年代を中心に大ヒット曲を立て続けにリリースしており、発売元のアトランティック・レコードの立派な社屋は「ルース御殿」と呼ばれるほどだった。ベグルは彼女の大ファンで、数千枚にも及ぶR&Bのレコード・コレクションの中には、ルース・ブラウンの作品も数多く含まれていた。
しかし、プール付きの豪邸で華やかな生活をしているはずの大スターは、生活に困窮していた。レコード会社からの収入はほとんどなく、印税も正確な額を知らされていない状態だった。当時のアーティストが契約について十分な説明を受ける機会は少なく、わずかな現金か、1%の印税をもらうのがやっとだった。(ちなみに現在の音楽印税の標準は10%だと言われている。)
そればかりか、会社からレコーディング費用等の経費まで背負わされ、借金まみれになっているアーティストも多かった。当然、貯金もなければ保険もない。生きていくのが精一杯だった。
憧れのR&Bスターのためにハウエル・ベグルは立ち上がった。彼は無料でアーティストたちの法律相談を受け、メディアを使って世論を動かしたのだ。根底には人種差別的偏見があると考え、国会議員の手も借りた。成果は意外に早く現れた。アトランティック・レコードは、過去に所属したアーティストの印税契約を見直し、借金がある場合は、減額にも応じた。これが前例となり他社でも同様の措置が取られるようになった。
アトランティック・レコードは、リズム・アンド・ブルース財団設立の資金援助もした。以後、生活に困窮するミュージシャンへの支援は、この財団を通じて行われている。
そのハウエル・ベグルが、2018年12月30日、ニューハンプシャー州の病院で亡くなった。数日前にスキーを楽しんでいる際、怪我を負ったことが原因だという。
ワシントンポストによると「私の人生で得た知識や経験を、大好きな人のために使えることは、何ものにも代えがたい喜びだ」と語っていたという。
2019年1月9日
参考記事:The Washington Post