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メンバーは流動的で、はっきりといつ結成したかを特定するのは難しいが、ほぼ原型が決まったのは1971年のことである。ただし、オリジナルにこだわるなら1969年にBootsy Collins(ブーツィー・コリンズ)が参加した時点が原型だという説もある。この頃に“Sex Machine”や“Super Bad”を発表しており、70年代のJB’sのエッセンスはここにあるともいえる。また、それぞれのメンバーは60年代からジェームス・ブラウンと一緒に行動しているので、もっと前だと主張する人もいるが…。
1968年にはすでにブラウンのバンドに参加していたFred Wesley(フレッド・ウェズリー)が核となりバックバンドとして確立、Sweet Charles(スウィート・チャールズ)、Pee Wee Ellis(ピー・ウィー・エリス)、ブーツィー・コリンズ、Jimmy Nolen(ジミー・ノーレン)、Maceo Parker(メイシオ・パーカー)、St. Clair Pinckney(セント・クレア・ピンクニー)らのメンバーにより、黄金期のJB'sが構成される。またVicki Anderson(ヴィッキ・アンダーソン)、Bobby Byrd(ボビー・バード)、Lyn Collins(リン・コリンズ)、Marva Whitney(マーヴァ・ホイットニー)などの後のレアグルーヴ・シーンに多大なる影響を与えることになるヴォーカリストたちのバックとしても活躍した。
今から考えると、踊るためだけのミニマルさや、そのドス黒いビートは、ヒップホップのアーティストにサンプリングされるために存在していたような気もする。ジェームス・ブラウンのためのバンドとして誕生したが、現代のヒップホップ界にもリスペクトされ、バックトラックとして永遠不滅のグルーブを残したからだ。
JB’sを楽しむには、とにかく何も考えずに、ビートに身を委ねるのが一番。
その後フレッド・ウェズリーとメイシオ・パーカーはGeorge Clinton(ジョージ・クリントン)のPファンクの一派とともに活動をし、新たな展開へと入っていった。