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新たな隙間としてネイザンが目をつけたのがブラック・ミュージックであった。すぐに新たなレーベルQueen(クイーン)やFederal(フェデラル)を設立。クイーンはすぐに消滅することになるが、Slim Gaillard(スリム・ゲイラード)らのレコードを制作した。フェデラルからは、James Brown(ジェームス・ブラウン)がデビューする。
キングのA&R、Ralph Bass(ラルフ・バス)宛てに、ジョージアに住む若いシンガーから一本のデモテープが送られてきた。バスは、すぐに気に入り青年と契約をしようとしたが、ライバルであるCHESS(チェス)にも同じテープが送られており、Leonard Chess(レナード・チェス)はジョージアへのフライトチケットもすでに手配していた。しかし、天はバスを味方した。レナードの飛行機は吹雪のため飛ぶことができず、バスは一足先に青年と契約することができた。こうして誕生したのが、James Brown & His Famous Flames、その後キングの顔となり、ブラック・ミュージック全体をリードしていくことになる。
キングの初期の一部のレコードが非常に高値で取り引きされる理由として、独自の少量生産方式があげられる。ネイザンは経済効率の面からすべての作業を地元で行い、プレスも50枚位の最低限に押さえた。それらを携えてラジオ局を訪れ、もし良い反応を得られない場合は、すぐに生産を打ち切ったのだ。