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ソウル&ファンク大辞典

60〜70年代ソウル、ジャズファンクの大辞典を構築中です。スマホ対応なので外出先でもご活用を!

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Hugh Masekela / HOME IS WHERE THE MUSIC IS

ジャズの母国に敬意を表した南アフリカ人アーティスト

ヒュー・マセケラ Home Is Where
the Music Is,
Hugh Masekela, 1972
南アフリカ出身のトランペット奏者。アフリカ時代はDollar Brand(ダラー・ブランド)やMakaya Ntshoko(マカヤ・ンショコ。本作でもドラムを務める)等とともにジャズバンドを結成し、現地で人気を博す。しかしアパルトヘイトに絶望した彼は国を出て欧米へと渡る。

渡米後、プロとしての成功はすぐに訪れる。独特のポップなアフロ風味のジャズは米国でも人気を集め、“Grazing in the Grass”はビルボード1位の快挙を成し遂げる。

ジャズ界の人気者という立場から一歩踏み込んだのが、この“Home Is Where the Music Is”。当時ジャズ界では、ブラックパワーに影響を受けたStrara-East(ストラタ・イースト)Black Jazz(ブラック・ジャズ)のようなレーベルが勢いを増しつつあった。このアルバムでヒュー・マセケラは、独立系のアーティストのように自分流のルーツを踏まえた作品を作ろうとしている。メンバーはサックスとドラムを南アフリカ出身、ベースにプエルト・リコ出身、ピアノに米国人(ラリー・ウィリス)を起用し、プロデューサーも米国人と南アフリカ人を一人ずつ起用している。ヒット作のようなポップさは影を潜め、南アフリカとジャズの融合に真摯に取り組んでいる。とは言ってもストラタ・イーストのアーティストのようなスピリチュアル感は少なく、マセケラならでは雄大なアフロジャズが展開されている。

このアルバムの2年後、“Home Is Where the Music Is”のプロデューサーでもあるスチュワート・レヴァインとマセケラは、アフリカ系米国人ミュージシャンとアフリカのミュージシャンが同じ舞台に立った歴史的音楽イベント『ザイール74』をプロデュースしている。ジェームス・ブラウンやBBキングがアフリカの地を踏んだ『ザイール74』は、「キンシャサの奇跡」として知られるボクシング・ヘビー級タイトルマッチ、ジョージ・フォアマン対モハメド・アリを盛り上げるために、3日間にもわたって開催されたフェスティバルであり、「ブラック・ウッドストック」とも呼ばれた。

Producer: Caiphus Semenya, Stewart Levine
1972年



Part of a Whole - Hugh Masekela
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