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彼女の歌声に魅せられた5th Dimention(フィフス・ディメンション)のマネージャーMarc Gordon(マーク・ゴードン)と出会い、ソロとしてデビュー・アルバム“Sunshower(1969年)”を発表。Jimmy Webb(ジミー・ウェッブ)プロデュースによるこの作品は、セールス的には失敗、レコード会社との契約を打ち切られる。
その後Motown Records(モータウン)のMoWest(モーウエスト)と契約し、“Thelma Houston”を発表。やはりこの作品も売れ行きは芳しくなかったが、彼女の評価は少しずつ高まっていく。
この頃、モータウン制作の映画出演の話をきっかけに、徐々に女優としての仕事が増えていく。それとともに音楽の仕事も再び増え始め、サントラへの参加や、映画の主題歌を担当するようになる。
そしてリリースされたのが彼女のサードアルバム“Any Way You Like It(1976年)”だ。ここから最初にシングルカットされたのが、彼女の代表作“Don’t Leave Me This Way”。これはGamble & Huff(ギャンブル&ハフ)プロデュースで1975年にHarold Melvin & the Blue Notes(ハロルド・メルビン&ザ・ブルー・ノーツ)が出した曲のカバーだが、全米だけではなく、世界各国のチャートを賑わし、オリジナル版を超える大ヒットとなった。そしてグラミー賞の最優秀女性R&Bヴォーカル部門を受賞している。ちなみにテルマ・ヒューストン版のプロデュースはHal Davis(ハル・デイヴィス)。
その後、元Impressions(インプレッションズ)のスターJerry Butler(ジェリー・バトラー)とのデュエット・アルバム等を出したが、“Don’t Leave Me This Way”を超えることができなかった。
1978年の“The Devil in Me”では、自らのトリビュートとも思えるような“I’m Here Again”のような佳作を残している。
80年代にはRCA、MCAと移籍をしJam & Lewis(ジャム&ルイス)ともコンビを組み、そこそこのヒットを出すが、それでも“Don’t Leave Me This Way”の呪縛からはなかなか抜けられなかった。歌手としての活動以外にも、女優としても長く活躍している。