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70年代後半から80年代初頭にかけてディスコを席巻したダンス専門レーベルのSalsoul Records(サルソウル・レコード)。このレーベルの第一弾は、1974年にアフロ・アメリカンとフィリピンの混血のJoe Bataan(ジョー・バターン)による“The Bottle”(ギル・スコット・ヘロンのカバー)。バターンが前年にリリースした“Salsoul”が最初だと思っている人がいるが、これはサルソウルの創立者ジョー・カイリーがプロデュースしているだけで、レーベルとしてのサルソウルとは、直接的な関係はない。
一大レーベルへと導いたのは、その代名詞的グループ、Salsoul Orchestra(サルソウル・オーケストラ)の誕生だった。元々はMFSBとしてフィリー・サウンドを支えてきたが、Gamble and Huff(ギャンブル&ハフ)と契約でもめ、Vince Montana(ヴィンセント・モンタナ)の指揮のもとにニューヨーク発のハウスバンドとして生まれ変わった。そして、Nuyorican Soul(ニューヨリカン・ソウル)でリヴァイバルした“Runaway”などのヒットを連発した。
サルソウルには現在でも人気の高いアーティストが多数所属していた。前述のサルソウル・オーケストラをはじめ、商業ベースで初の12インチ“Ten Percent”をリリースしたDouble Exposure(ダブル・エクスポージャー)や、“Runaway”でヴォーカルを務めたLoleatta Holloway(ロリータ・ハロウェイ)、フィラデルフィア出身のFirst Choice(ファースト・チョイス)、“I Got My Mind Made Up”が大ヒットしたInstant Funk(インスタント・ファンク)、Jocely Brown(ジョセリン・ブラウン)がいたInner Life(インナー・ライフ)等、あげればきりがない。
現在でもハウス系を中心に人気が高い理由として、DJ Larry Levan(ラリー・レヴァン)の影響が大きい。彼がまわしていたNYのクラブ「パラダイス・ガラージ」では、積極的にサルソウルやフィリー系の曲をかけ、自らも12インチのリミックスに携わっていき、シカゴの「ウェア・ハウス」(ハウスの発祥の地とされている)で爆発した。こうして現在でもハウスの教科書的存在として親しまれている。