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ボビーのレーベルはどれも小規模なものであったが、数曲のヒット作はあった。最初のヒットがWilbert Harrison(ウィルバード・ハリソン)の“Kansas City(全米1位・1959年)”だ。これは200万枚を超す大ヒットとなるが、ハリソンがSavoy(サヴォイ)との契約が残っているのにフューリーからリリースしてしまったので、訴訟によりその後の作品が発表できなくなってしまった。“Kansas City”はビートルズにもカバーされている。
その他にもLee Dorsey(リー・ドーシー)の“Ya Ya”は、100万枚以上のセールスをあげた。ちなみに、Gladys Knight and the Pips(グラディス・ナイト&ザ・ピップス)の最初のレコーディングもフューリーだ。
ボビー・ロビンソンの特徴として、ポップチャートに作品を送り込むためではなく、アーティスト本来の力を引き出すプロデュースをしていたことがあげられる。
ちなみにボビーは1980年代に、ヒップホップのアーティストを多く手がけている。そのきっかけとなったのが、1979年、彼のエンジョイ・レーベルからリリースされたGrandmaster Flash & the Furious Five(グランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブ)の“Superrappin’”だ。この作品以降、ヒップホップの時代が到来し、音楽の歴史は新たな時代を迎えることになった。