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ソウル&ファンク大辞典

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Anohni and the Johnsons / MY BACK WAS A BRIDGE FOR YOU TO CROSS

優しい革命を起こす現代の「ソウル」シンガー

アノーニ My Back Was a
Bridge for you
to Cross,
Anohni and the
Johnsons, 2023
ジャケット写真に思わず見入ってしまう。モデルはまだLGBTQなんて誰も叫ばなかった1960年代からその権利を主張し続けたMarsha P. Johnson(マーシャ・P・ジョンソン)。彼女はアノーニにとってのメンターの一人であり、本作のベースにソウル・ミュージックを感じるのは、彼女が生きた時代を想像し、アルバム全体のコンセプトとして引用しているからだろう。アノーニがグループとして活動するときの「ジョンソンズ」というユニット名はもちろんマーシャ・P・ジョンソンが由来である。

しかしアノーニは、マーシャ・P・ジョンソンを象徴として引用しているだけである。それはアルバム・タイトルの“My Back Was A Bridge for You to Cross”から推測できる。下手な和訳をあえてするなら「私の背中はあなたたちが渡るための橋だった」となる。アノーニはもちろんのこと、マーシャから現代、そして未来までこの“My”には多くの人たちが含まれるのだろう。

アノーニは現代最高のソウル・シンガーのひとりであることは間違いない。アントニー&ザ・ジョンソンズ名義で2009年にリリースした“The Crying Light”は、音楽的にはソウルとは言えないかもしれないが、最高にソウルフルなヴォーカルを聞かせてくれた。その人物がソウル・ミュージックと真正面から向き合い制作されたのが本作なのだ。悪いわけがない。

英国生まれのアノーニにとって、黒人音楽であるソウル・ミュージックを取り入れたことにも意味があるのではないだろうか。1960年代から英国の被支配者層の白人を含む若者は、心の底から黒人音楽に憧れていた。本場である米国では、黒人音楽を白人が聴くことはあっても、演奏することは滅多になかった。しかし、英国では多くの白人の若者は黒人に憧れ、黒人のように演奏し歌唱しようとした。だからこそエリック・クラプトンのようなブルース・ギタリストが生まれ、その後は多くのブルーアイド・ソウルのアーティストを生んだ。社会としては大きな矛盾に満ちてはいたが、個々の中においては偏見を持たずに魅力あるものを自然に受け入れたこの思想を、彼女も自分の体で受け止め、作品の中で再現したかったのだろう。プロデューサーとして共同作業を進めたジミー・ホガースの存在もそれを証明する。

アノーニは、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』を念頭に本作を制作したと語っているが、きっとそれは詩などのコンセプトの部分だろう。音楽的にはもっと優しくまるでスウィート・ソウルのようでもある。それが最も滲み出ているのが一曲目の“It Must Change”だ。歌詞では厳しい現実を見つめ変革が必要であることを訴えている。それに対して曲はとてもメロウに進行していく。『ホワッツ・ゴーイン・オン』と同じフォーマットなのだが、アノーニの曲はマーヴィン・ゲイよりもさらに優しい。政治的な矛盾に怒りを込めたマーヴィンとは違い、アルバム・タイトルが示すようにアノーニは長期的な視点で個人の心の変革を求めている点がこの違いとなっているのではないか。そして、この優しさこそ、アノーニがマーシャから受け継いだバトンなのだ。

右か左のように単純にどちらか極端な方向を目指すのではなく、一方に偏った思考をできるだけ自然なバランスに戻す。これまで敬意を示されてこなかった要素を取り込まない限り自然には近づかない。全ての要素がミックスされた状態を取り戻すためにアノーニは優しい変革を起こそうとしている。

Producer: Anohni, Jimmy Hogarth
2023年



It Must Change - Anohni and the Johnsons
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