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ソウル&ファンク大辞典

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Johnny Otis

DNAより絆を選んだ「R&B界のゴッドファーザー」

ジョニー・オーティス Cold Shot!,
Jonny Otis Show, 1968
ギリシア移民の子として生まれたものの、ブラックコミュニティーで育ったため、黒いグルーヴにどっぷりと浸かった青春時代を過ごしたジョニー・オーティス。1930年代後半から活動を始め、ミュージシャンとして成功するだけではなく、プロデューサー、興行師、DJ、テレビタレント、牧師と多方面で活躍し、「R&B界のゴッドファーザー」という異名を持つほどの大物になった。Etta James(エタ・ジェイムズ)やJackie Wilson(ジャッキー・ウィルソン)、Hank Ballard(ハンク・バラード)の才能に早くから注目するなど、ブラックミュージック界への彼の貢献は計り知れないものがある。

ジョニー・オーティスの音はどの時代もエンターテイメント性が高く面白いが、特にファンキーだったのが、全盛期を過ぎた1960年後半からの音。人気のピークは過ぎていたが、音楽的には全く落ち着いておらず、息子のShuggie Otis(シャギー・オーティス)がメンバーだったのに下ネタもバンバン平気で連発していた。

オススメは1968年“Cold Shot”収録の“The Signifying Monkey”、“Country Girl”や、1970年“Cuttin’ Up”収録の“The Watts Breakaway”。どれも古き良きブラック・ミュージックを、この時代、最先端だったファンクにアレンジしており、胡散臭く、まさにファンキーな芸風を完成させている。

「遺伝子的に俺は純粋なギリシア人だが、精神的・環境的・文化的にはブラックコミュニティーの一員でありたいと思う」と生前語っていた。





The Watts Breakaway - Johnny Otis Show
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