ヒップホップを経験した時代からみた、永遠に完成しないソウル&ファンクの大辞典。
Whatever's for Us,20歳の時にミュージカルの仕事でこの“Whatever’s for Us”を共同で制作することになるPam Nestor(パム・ネスター)と出会う。主にネスターが詩を書き、アーマトレイディングが作曲とヴォーカルを担当した。デビューにあたり、ふたりで100曲以上書いたといわれているが、ネスターがヴォーカルを担当した曲は、レコード会社に一曲も採用されず、作品もジョーン・アーマトレイディングのソロ作として発売されることになってしまった。これがきっかけでふたりは別々の道を歩むことになる。
ジョーン・アーマトレイディングの声には時折ソウルやゴスペルを感じるが、ふたりのブラック・アーティスト主導でつくられたにも関わらず、いわゆる米国的な黒さはほとんど感じない。Linda Lewis(リンダ・ルイス)に代表されるように英国のミュージシャンの場合、肌の色にこだわらず自由に好きな音楽を表現する人たちが多いが、ジョーン・アーマトレイディングはまさしくこのタイプに属する。10代の頃から自作の曲ばかりを歌ってきた彼女が、最初に聴衆のために演奏した曲がサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」だったということからも、彼女が米国のフォークに強い影響を受けていることがわかる。フォークを起点に音楽の境界線を縦横無尽に駆け巡るそのスタイルは、まさしく「黒いジョニ・ミッチェル」という冠がふさわしい。
これほどクオリティが高いのに、あまりにも時代を先取りすぎたのか、なぜか日本ではジョーン・アーマトレイディングの名はそれほど知られていないが、このデビュー作以外にも“Joan Armatrading(1976年)”や“To the Limit(1978年)”等、素晴らしい作品を何枚も残しているので是非聞いてほしい。
Producer: Gus Dudgeon
1972年