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見えないものが見えるようになる「魔法」


地球全体がコロナ禍に包まれ、世界の都市が封鎖に動きつつある中、英国のミュージシャン、トム・ミッシュがある動画をアップした。内容はただギターを弾くだけ。とは言っても天才ギタリストのプライベートな時間のプレイは素晴らしく、ファンでなくても彼の才能を十分に楽しむことができる。そして、その動画にはあるコメントも添えられている。
“… I’m keeping these sessions ad free but if you would like to make a donation to War Child that would be 🙏…”
(このセッションは広告フリーで公開しています。ぜひその分をWar Childへ寄付していただければ幸いです。)


慈善団体への寄付を募ることは、海外アーティストにとっては日常行為のひとつでしかないが、トム・ミッシュが少しだけ他のアーティストと違ったのは、身近な祖国の医療団体への寄付を募るのではなく、海外の紛争地域の子供達を心配して、いち早く行動をとったこと。ほとんどの人にとって、今は自らの感染ばかりが気になって、紛争地域の子供達のことを考える機会は少ないが、彼の行動により、ファンの中の数パーセントは、紛争地域の近未来に想いを寄せただろう。


トム・ミッシュは次のようにも記している。
“Covid-19 has the potential to develop from a global health emergency to a global humanitarian crisis, particularly in countries without fully functioning public health services.”
(Covid-19は世界的な公衆衛生上の緊急事態から、人道危機へと発展する可能性があります。その場合、最も被害を受けるのは公的保健サービスを受けにくい国々の人々です。)
危機的状況になってから寄付を募っても、待っている間に子供達の命はたくさん失われてしまう。


ニュースによると外出自粛要請が出ていても、繁華街やリゾート地の一部は多くの若者で賑わっているという。彼らはマスクをして自衛をしており、感染しても大きなダメージを受ける可能性が低いからとたかを括っている。


しかし外出自粛要請は、生物的に強い若者達を守るために出しているわけではない。体力的に弱く、免疫力が弱っている高齢者や持病を抱える人を最優先に思って行動自粛を要請しているのである。若者は平気でも、外出して不特定多数の人と接触していればウイルスは彼らとともに移動する。いくら高齢者が自宅でじっとしていても、ウイルス付きの若者が(もしくは間接的に接触した人が)家の中に入ってくれば、結局被害者となるのは体力的弱者の方だ。もしかしたら、それは彼らの両親や祖父母かもしれない。間接的な殺人を望む人はいないだろうが、彼らに少しでもトム・ミッシュの想像力があれば、無責任な行動は取れなくなるだろう。そして、もし高齢者の間で感染が爆発すれば、最終的には若者達の中からも多くの死者が出る。経済を考えてみても、景気後退は避けられない状況だが、悪化が拡大し続けたときに一番被害を受けるのは老人ではなく、若者の方なのだ。


人生の中で、全ての事象を実際に体験できれば、過酷な状況下の人たちのことにも想いを寄せることができるだろうが、そんなことは誰にもできない。しかし、疑似体験ならできる方法がある。「芸術」だ。小説・映画・音楽・絵画・舞台等、ほとんどのアートは、一般人の生活では体験できないことを疑似体験させてくれる。アートは普段は見えないものを、別の形で、見えるようにしてくれる魔法のようなものなのだ。芸術を愛するようになれば、想像することも愛するようになる。


自宅から出れなくなっても、想像することができれば、テレビの情報を鵜呑みにすることもなくなる。漫画や映画のイメージがさらに膨らむようになる。窓から見える景色もこれまでとは違うように見える(かもしれない)。この「魔法」を手に入れれば退屈している暇なんてなくなるのだ。

(2020年3月31日)

GROOVE

Tom Misch - Quarantine Sessions - Cranes in the Sky

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