天才と呼ばれたまま、突如姿を消した孤高のファッションデザイナー、マルタン・マルジェラ。服はよく知られていても、クリエイターの素顔はあまり知られていない。本作『We Margiela マルジェラと私たち』は、関係者の声を丁寧に拾いながら、メゾン・マルタン・マルジェラという「神話」を紐解いていく。
ジャン=ポール・ゴルチエのもとで修行し、すぐに自らのブランドを持つようになったマルタン・マルジェラ。しかし、才能溢れる彼にとっての一番の悲劇は、ファッション業界には、この天才を受け入れるだけのスペースが十分になかったことだった。ビジネスとして成立させるためには、年に2回、決まりきったようにショーを行い、斬新なファッションを理解できないジャーナリストには、虎の巻のようなプレス情報を提供する以外に方法がなかった。極めてアートに近い感覚でファッションに取り組んでいた彼にとって、理想と現実のギャップは、いつまでたっても埋まらなかった。
本作で最も重要な語り部となるのが、1988年にメゾン・マルタン・マルジェラをともに立ち上げたジェニー・メイレンス。彼女は本作の完成を待たずに亡くなってしまったため、その言葉がどこまで真実なのかは、確かめる方法もないが、一番の驚きは、ジェニー・メイレンスがクリエイティブの部分にもかなり関わっていたこと。時には、マルタンの関与がなく、ショーを開催したこともあった。商売のために妥協を考えたデザイナーに、思いとどまるように説得することもあったという。
主役二人だけでは、“We”は成立しない。二人のアイデアを具現化するために力を惜しみなく提供した“sect”の存在も必要だった。マルジェラの才能に魅せられた彼らは、まるでどこかのカルト団体の信徒のように見えたらしい。(実際、医者のような白衣を着た軍団は、相当異様だったに違いない)。
こうして、多くの人の尽力によって、メゾン・マルタン・マルジェラというブランド・イメージは形成された。マルジェラは快く思っていないだろうが、何回も顔を合わしていたのに、何も知らないようなふりをしていたファッション・ジャーナリストたちも、神秘的なブランド・イメージを守ってくれた“We”の重要な仲間だったといえるだろう。
神話は過去のものでなければ、神話たり得ない。結果としてマルタン・マルジェラの失踪が、メゾン・マルタン・マルジェラという神話に最高のエンディングをもたらしたのかもしれない。
監督:メンナ・ラウラ・メイール
2017年