語られなかったもうひとつの「ウッドストック」
大きな歴史から消えようとしていた自分たちのもうひとつの歴史を、ザ・ルーツのクエストラヴ等が発掘し、半世紀の眠りから目覚めさせたドキュメンタリーがこの『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』。撮影されたのは1969年。ちょうど同時期には歴史的イベントとなった『ウッドストック』が開催され、これはすぐに映像化され大ヒット、今でも誰もがアクセスできる。しかし『サマー・オブ・ソウル』の舞台は、ニューヨークのハーレムの公園。観客のほとんどはアフリカ系米国人を中心とする有色人種。当時テレビで少し報道はされたようだが、これほど大物アーティストがたくさん出演し、延べ30万人近くを動員した一大イベントがその後、語られることはほとんどなくなった。『ブラック・ウッドストック』として位置付け、映像化する企画はあったようだが、実現することはなく、資金も切れ、ついにはお蔵入りとなってしまった。
半世紀以上経過してようやく日の目をみたこの映像には時代に触発された数多くのミュージシャンの熱い記録が残されている。1969年という時代の影響が大きいだろう。ハーレムの住民は希望を失いかけていた。60年代にはキング牧師やマルコムXが暗殺され、珍しく白人の政治家として公民権の回復に力を尽くしたジョン・F・ケネディとロバート・ケネディまで命を奪われた。希望を持ち始めていたアフリカ系の人々の心は再び絶望感に襲われていた。コンサートの開催期間中にはアポロ11号が月面着陸に成功したニュースが全米を駆け抜けていたが、ハーレムの住民はそんなことには全く関心がなかった。映画の中でも『月なんてどうでもいいよ。そんな金があるならハーレムに回してくれ!』と訴えている。イベント開催当初、警察が警備を拒否したためブラックパンサー党が警備を代行している。
ミュージシャン達も時代の空気を強く感じていた。天才少年としてデビューしたスティービー・ワンダーも青年となり、このライヴでは熱い気持ちを露わに表現してワイルドな一面を見せている。これがきっかけかどうかは分からないが、70年代に入ると歴史的名作を連発するようになる。ニーナ・シモンは、牧師で公民運動家のジェシー・ジャクソンに連動するかのように危険なまでに観客を煽り続ける。
音楽的にも当時は芸術のメッカとなっていたニューヨークらしく、ソウル、ジャズ、ブルースだけではなく、ゴスペル、サルサ、キューバ音楽等さまざま。見どころもたくさんあるが、ヴォーカリストとして頂点を極めようとしていたメイヴィス・ステイプルがマヘリア・ジャクソンととも歌うシーンは圧巻。
これは単なる音楽フェスティバルのドキュメンタリーではない。当時のハーレムの声を通じて表現されたアメリカのもうひとつの側面を我々に示し、音楽が人々と共振した瞬間を映し取った貴重な作品である。
監督:監督:アミール・“クエストラヴ”・トンプソン
出演:スライ&ザ・ファミリー・ストーン、スティーヴィー・ワンダー、マヘリア・ジャクソン、ニーナ・シモン他
2021年