本当の「悪夢」はどっちだ?
「あの悪夢が再び舞い戻ることがないよう、しっかり勝ち抜きたい」と得意げに何度も繰り返す現職の総理大臣。あの時代は、確かに誕生したばかりでおぼつかない部分もあった。しかし、国民にとって「悪夢」なんてものはなかった。むしろ政権が変わり、つまずきながらも一歩一歩、自民党の長期政権で溜まった膿を全て出し切ることに国民は期待をかけた。権力の集中を避けるために、政権交代は必須なのだ。
むしろ「悪夢」とはこの状態を指すのかもしれない。東京新聞望月衣塑子記者のノンフィクションを原案に使用した映画『新聞記者』の世界だ。映画では全て架空の物語が展開する。しかし、どうも架空のような気がしない。観客全員がどこかで似た話題を見聞きしているからだ。
この映画で描かれる内閣情報調査室の職員は、エリートとは思えないような情けない仕事ばかりをしている。都合の悪い真実を、いかにもありそうなデマで覆い、改ざん・隠蔽に躍起なのだ。
映画自体の賛否については、正直どうでもいい。問題はそこではなく、なぜ実在する記者のノンフィクションを、フィクションの映画で表現しようとしたのか?
新聞記者は真実しか書けない。裏付けとなる証拠も必要となる。しかし、フィクションの映画ならどうか? フィクションに証拠など必要ない。もしかするとこの映画で描かれている世界は本当に存在するのかもしれない。証拠がないだけで、映画関係者の誰かが得た情報を映像化しているのだとしたら? 「ブラック・シープ」の代わりを果たすのが、望月衣塑子記者の出演だとしたら?
あくまでも架空の話にも関わらず、既視感のある世界。映画の中だけではなく、今我々が生活するこの現状こそ本当の「悪夢」ではないだろうか?
監督:藤井道人
出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、田中哲司他
2019年